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小島伸幸氏特別インタビュー

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元日本代表ゴールキーパー 小島伸幸氏 特別インタビュー TOPへ


日本代表に選ばれて



— 小島さんが日本代表に初めて選ばれたのは・・・

小島氏:

1995年のインターコンチネンタルカップの時ですね。加茂さんに初めて呼ばれました。


— アルゼンチンなどが参加したときですね。その後がアンブロカップ。初めての代表はいかがでしたか?

小島氏:

そのころはテレビで見ていたヴェルディの方とか「すごい人がいっぱいいるなあ」と。ただ、学生の代表で一緒にやったのが柱谷哲二さんとか井原(正巳)もいましたのでなんとかね。まるっきり話ができないということはないんですが、それでも緊張はしましたね。それで気が付けば、あれよあれよという間にフランスW杯。


— フランスW杯は1998年ですね。その前のW杯予選はかなりのプレッシャーだったのではないですか?

小島氏:

かなりプレッシャーはかかりました。次回の2002年は日韓大会でしたから、初めて出るのが自国開催では格好悪い、というね。前のアメリカ大会予選がドーハの悲劇で、あと残り数秒まではワールドカップに行っていたので、われわれに課せられたことは必ずW杯の出場権をとるということでした。ですから、予選のときに私は試合に出てなかったけれども、プレッシャーだけはすごくかかっていました。


— 日本中も一喜一憂で、すごい状態でした。

小島氏:

国立競技場でUAEとやって引き分けたときに暴動的なものが起きたというのも日本サッカーではまずなかったことですから、身の危険というか、サッカーが世間一般の人に対しての関心事になってきていることの恐ろしさというか。その試合から帰るときに、私はたまたま電車だったんです。


— え、あの試合の後に電車ですか?

小島氏:

たしかワゴンタクシーみたいなものが手配されていたような気がしますが、結局バスからは出られなくて、東京プリンスホテルでの解散になったんです。それで電車で帰ったんだと思います。その電車に乗るときに知らない人にぶっ飛ばされるのではないかという恐怖感が少しありました。そんなことを感じたのはそのときだけです。今まではそんなことがありませんでしたから。


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